名もなき自炊に物語を

「タイパ」も「丁寧な暮らし」も難しい

タイパを突き詰めていくと、
料理は「いかに短く片づけるか」
という作業になります。

削るべき“負”の時間として、
真っ先に候補に挙がる家事のひとつ。

それは、一秒を惜しんで食以外のことに
没頭したい人にとっては、
たしかに合理的な選択です。

同じように、「丁寧な暮らし」
としての食卓も、
一部の人には力をくれます。

時間にもお金にもゆとりがあって、
器や道具にもじっくり投資できる人。

そんな人が、季節ごとの花やリネンをあしらって
テーブルを整える姿には、あこがれすら覚えます。

でも、どちらにもすっきり当てはまらない
日常を生きている人のほうが、
多いのではないでしょうか。

タイパを求めてみたものの、
本当にそれで幸せになるのか
いまいちピンときていない。

かといって、
インスタに載るような
完璧な「丁寧さ」を演出する余裕もない。

「タイパ」でも「丁寧な暮らし」でもない第三の食卓を

そのあいだに宙ぶらりんになっている、
ふだんの自炊の時間を、
私はすくい上げたいと思っています。

Biwako no Hatakeの野菜は、
その第三の食卓のきっかけになる
存在でありたい。

忙しさや不完全さを抱えたままでも、
「今日はこいつで何つくろ」と
ちょっと前のめりになれる台所へ。

タイパと「丁寧な暮らし」のあいだを
行き来しながら暮らす人たちの毎日に、
そっと馴染む野菜を届けたいと考えています。